STORY前日譚

前日譚Episode.0

小さな池に、石をぶん投げた。
それが私にとっての、ストレス発散法だ。

言葉にならないほどに叫ぶ。誰かが私に気づいても、すぐに走って逃げてしまえば誰にも見つからない夜の公園。今までだってそうだった。私はそんな意味のない自信を盾に、なにか失敗したときにはここにいつもやってくる。

「おつかれさめです」

どうして挨拶の1つもろくにできないのか。
失敗した! という後悔と同時に極端な恥ずかしさが私を襲う。なんでいつもこうなんだと、消えてなくなりたいとさえ思う。深い溜息を吐き終えると、私はすぐにその場を離れ自宅に向かった。

バイト先からの帰り道だった。
自動車の走行音をBGMに、私はとぼとぼとと歩く。自分で自分を「いかにも落ち込んでいる」かのように演出して、世界で最も可哀想な女の子だとアピールをするように。

別に異性が苦手というわけじゃない。
どうも、自分の未来を安心して預けられないらしい。
これはユウが言っていたことだった。最初は「そんなばかな〜」と笑ったけれど、先週駅前の占い師にも同じことを言われて納得した。これを話したら、ユウは怒ったっけ。

結局お母さんもどこかへ行ってしまって。もう顔も思い出せないけれど。
時々寂しそうな顔をするお父さんを見かけると、やっぱり心の傷は一生癒えないんだなと悟ってしまう。
だから私は、うまく動けずにいた。
だから私は「おつかれさめです」などと言ってしまう。なんてことない一言さえ、勇気がいるのだ。結果、噛んだし。そんなミス、相手にとっては特に意味のないことなんだろうけれど。

さっきの失敗を思い出すと、また、叫びたくなる。
しかし、それはもっと意味のないことだ。

同時に、ユウから言われたことを思い出す。「いけいけ! 押せ押せ!」。そうかんたんに言う。それもあって、いつも以上に意識してしまったらしい。
「口にしづらいことは、文章で伝えるのも時には有利になる」
占い師はこうも言っていた。「告白は直接じゃないとだめだ」と父は言っていたが、学校でそんな古臭いことを言っている子なんていない。私もそう思う。

信号待ち。
私はスマートフォンを取り出した。

メッセージアプリを開き、会話画面へ。過去の自分の発言だとか送った写真だとかを見返すと、「おいおいなんでこんなこと言ったんだ!?」とか「この写真を送って相手にメリットなんてないじゃん!」って思う。後悔ばかり。
毎晩、バイトが終わると「お疲れさまでした」のメッセージを送っている。
しかし、今日だけはなんだかそれも恥ずかしい。明日見返したら「噛んだくせに」と自分を責める姿が目に浮かぶ。しかし今日だけは一歩踏み出した何かを送らなければいけない! と、下書き保存してあったメッセージを開いてみる。

……長い。
長過ぎる。

1週間かけてこの文章を考えた私、なぜ「長いのでは」と一瞬でも思わなかったのか。バカなのか。
全部削除してやった。簡潔な言葉だけで良い気がしてきた。
シンプルに、お祝いの言葉だけでいいか。いやでも……。
今までどうもありがとうとか、そんな過去を振り返る話は重たい女みたいに思われそうでだめ。

私は元の文章の20分の1くらいの文字数に直し、正直な気持ちを綴った。
「素直な気持ちは直球の端的な言葉でこそ伝わる」
直接の告白派の父はそんなことも言っていたなあとふと思い出す。なるほど、なら私もそれに従おう。

 送信する寸前で。

「あ」

気の抜けた音が、自分の喉から漏れた。
そうだ、これも加えておこう。これも伝えておこう。
私は完成したメッセージの最後にもう一言だけ、自分の思いを加える。これで良し。これでバッチリだ。間違いない。

信号が青になる。
私は一歩、踏み出した。